ナポリの和音(♭II)
約 15 分
この節のねらい
主音の半音上に建つ長三和音は、第1転回で使うのが標準です。なぜ基本形で使わないのか、なぜサブドミナントとして働くのかを、バスの位置から説明します。
- ナポリの和音を「♭II の長三和音」として定義し、任意の調で構成音を書ける
- 標準形が第1転回(N6)である理由をバスの音度から説明できる
- N6 と ♭II6 が同じ和音の2通りの表記であることを説明できる
- N6 から属和音へ進むときの声部の扱いを説明できる
前の節の借用和音は、どれも同主調から持ってきた和音でした。♭VI も ♭III も ♭VII も、短調のダイアトニック和音がそのまま長調に入ったものです。
この節で扱う和音は違います。♭II の長三和音は、長調にも短調にもダイアトニックには存在しません。ハ長調にもハ短調にも Db の長三和音は無い。それでも古典和声で標準的に使われ、独立した名前を与えられています。ナポリの和音です。
♭II の長三和音
作り方は単純です。主音の短2度上を根音にして、長三和音を建てます。
ハ長調でもハ短調でも主音は C なので、根音は Db。構成音は Db F Ab です。長調と短調で同じ和音になる点に注意してください。同主調では第2音が共通なので、そこを半音下げた位置も共通になります。
そして重要な約束があります。ナポリの和音は第1転回で使う。これが標準形で、慣用的な表記の N6 の「6」はこの転回数字です。
なぜ第1転回なのか。バスを見れば分かります。
| 位置 | バス | バスの音度 |
|---|---|---|
| 基本形 | Db | ♭2(調の外) |
| 第1転回 | F | 4(下属音) |
| 第2転回 | Ab | ♭6(調の外) |
第1転回のバスは下属音です。ハ調では iv(F Ab C)も ii の第1転回(ハ長調なら Dm の第1転回、ハ短調なら D dim の第1転回)も、バスは同じ F になります。耳はバスを手がかりに和音の役割を判断するので、F の上に建っていればサブドミナントの仲間として受け取ります。
つまりナポリの和音は強く色づいたサブドミナントです。基本形にすると調の外の♭2が最も目立つ位置に来てしまい、機能が分かりにくくなります。
確認
イ短調のナポリの和音(N6)のバスはどの音ですか。
表記の揺れ — N6 と ♭II6
同じ和音に2通りの書き方があります。
- N6 — 慣用の固有記号。「ナポリの6」と読む
- ♭II6 — 音度と性質から機械的に導いた表記
どちらも間違いではありません。N6 は「この和音は特別な役割を持つ」という主張を含み、♭II6 は「♭II の長三和音の第1転回にすぎない」という立場を取ります。本サイトのローマ数字分析ツールは体系的な ♭II6 を出しますが、レッスンでは慣用の N6 も併記します。
同じ和音が2つの名前を持つのは記法が違えば見えるものが違うからで、これは U3 で「I64 と数字付き低音」を扱ったときと同じ事情です。
解決 — 属和音へ、ただし減3度を避けて
ナポリの和音の行き先は属和音です。サブドミナントなので、そのままドミナントへ進みます。
ここで1つ問題が起きます。N6 の根音 Db と、属和音の導音 B。この2音の距離は減3度です。旋律として歌いにくく、古典和声では避けられる音程です。
定型的な回避策は、あいだに主和音の第2転回(i64)を挟むことです。
図2ではソプラノが Db から B へ直接動いています。減3度の下行です。実際の楽曲にも見られる形ですが、より滑らかにしたいなら次のようにします。
N6 から属和音への2つの進み方
確認: どちらもハ短調で N6 から V を経て主和音に着きます。1つめは Db から導音の B へ直接下がるので、上声に一段落ちるような屈折が入ります。2つめは途中で主音の C を通るので、Db → C → B と半音ずつ降りる線になります。減3度の跳躍が2つの2度進行に分解されているのを聴き取ってみてください。
Db が B へ減3度下行
もう1つ、N6 は属七へ進むこともできます。V7 なら第7音の F が N6 のバスと共通なので、バスを保持したまま上声だけが動く形になり、減3度の問題が起きにくくなります。
長調でも使える
ナポリの和音は短調でよく見かけますが、長調でも同じ形で使えます。構成音は同じ Db F Ab です。
長調で使うと変化音が3つ(Db・Ab、そして音階の A と E に対する変更)入るので、短調で使うより効果が強くなります。短調では Ab がもともとダイアトニックなので、変わるのは Db だけです。
確認
ハ短調で N6 を使うとき、ハ短調(自然的短音階)の音階に無い音はいくつありますか。
ナポリの和音の要は主音の半音上に置かれた Dbでした。この音は主音 C へ半音で降りたがっており、その途中で属和音を経由します。上から主音へ迫る和音、と覚えておくとよいです。
次の節では、上と下の両方から半音で属音を挟み込む和音を扱います。増六の和音です。
練習問題
答えは理論エンジンで検算しています。まず自分で解いてから採点してください。
- 1
ハ短調のナポリの和音(N6)を、実際に鳴る順(バスから上へ)に並べたものはどれですか。
- 2
ナポリの和音の第1転回をローマ数字の体系で書くとどうなりますか。
- 3
ナポリの和音を基本形ではなく第1転回で使うのが標準なのはなぜですか。
- 4
ハ短調で N6 の最上声の Db が、属和音の導音 B へ直接動いたとします。この2音は何度の音程ですか。
- 5
N6 と V のあいだに主和音の第2転回(i64)を挟むのは主に何のためですか。
到達確認
次に進む前に、上の項目を自分の言葉で説明できるか確かめてください。