掛留音と先取音
約 16 分
この節のねらい
同じ音を2つの和音にまたがらせる方法は2つあります。前から持ち越すか、先に鳴らすか。掛留音と先取音は、時間のずらし方が正反対の非和声音です。
- 掛留音を準備・掛留・解決の3段階で説明できる
- 4-3 と 9-8 という数字が何を指しているのかを説明できる
- 先取音が掛留音とどこで正反対なのかを説明できる
- 同じ音の並びでも、タイの有無で分類が変わる理由を説明できる
前の節の経過音と刺繍音は、どちらもその和音の中で完結する装飾でした。和音が変わる前に、和音の音へ戻ります。
この節で扱う2つは違います。どちらも和音の境界をまたぎます。ある和音の音が、次の和音の時間帯まではみ出す。あるいは次の和音の音が、前の和音の時間帯にはみ出す。時間のずらし方が正反対の2つです。
掛留音 — 前の和音を手放さない
前の和音の構成音が、和音が変わっても保持され、2度下がって解決する音を掛留音といいます。
掛留音は3つの段階でできています。この3段階が揃っていることが定義です。
| 段階 | 何が起きるか |
|---|---|
| 準備 | 前の和音で、その音が構成音として鳴る |
| 掛留 | 和音が変わっても、その音がそのまま残る(ここで不協和になる) |
| 解決 | 2度下がって、新しい和音の構成音に落ち着く |
真ん中の和音を見てください。バスは C に変わっているのに、ソプラノはまだ F のままです。C から F は完全4度で、これは不協和として扱われる音程です。ユニット1で「低音に対する完全4度は機能和声では不協和として振る舞う」と学んだことが、ここで効いてきます。
そして F が E へ下がると、C から E の長3度になり、協和に落ち着きます。バスから測った音程が4度から3度へ動くので、この形を 4-3 の掛留と呼びます。
掛留がある版と、無い版
確認: どちらも IV から I へ進みます。1つめは最初から I の形で鳴るので、和音が変わった瞬間にもう落ち着いています。2つめはソプラノだけが遅れてくるので、2拍目に一度もたれかかってから解決します。この「もたれかかり」が掛留音です。和音の名前は変わっていません。
IV → I。すぐ落ち着く
掛留の数字は、バスから測った音程
4-3 の「4」と「3」は、バスから掛留音までの音程と、バスから解決音までの音程です。数字付き低音と同じ発想で、バスを基準に測ります。
代表的な形は3つあります。
| 名前 | 掛留 | 解決 | 例(バスが C のとき) |
|---|---|---|---|
| 4-3 | バスの4度上 | 3度上 | F が E へ |
| 9-8 | バスの9度上 | 8度上 | D が C へ |
| 7-6 | バスの7度上 | 6度上 | B が A へ |
9-8 の「9」は2度と同じ音名ですが、実際にはオクターブ離れた位置で使われるので9度と書きます。2度のまま隣り合わせると濁りが強すぎるためです。
確認
掛留音に「準備」が必要なのはなぜですか。
先取音 — 次の和音を待たずに出る
次の和音の構成音が、和音が変わる前に鳴り、そのまま次の和音へ入る音を先取音といいます。
掛留音が「前の音を手放さない」のに対して、先取音は「次の音を先に出してしまう」ものです。同じく2つの和音にまたがりますが、はみ出す向きが逆です。
先取音は終止の直前でよく使われます。最後の主音を一拍早く出しておくと、和音が到着したときには旋律がもう着地しているので、着地が軽くなります。ポピュラー音楽で歌のフレーズが小節線より早く終わる書き方は、この先取音の応用です。
掛留音と先取音を続けて聴く
確認: 1つめは前の音が遅れて残るので、2拍目にもたれてから解決します。2つめは次の音が早く出るので、和音が変わる前にもう着地しています。どちらも同じ V から I への進行ですが、遅れるか先走るかで終わり方の性格が変わります。1つめは重く、2つめは軽く聴こえるはずです。
9-8。ソプラノが遅れて着地
掛留は連鎖させられる
掛留音の解決音は、次の掛留の準備を兼ねることができます。解決した音がそのまま次の和音の構成音として残り、また和音が変わって不協和になる。これを繰り返すと、掛留が数珠つなぎになります。
連鎖する掛留は、バロック期の緩徐楽章でよく使われました。解決するたびに次の不協和が始まるので、なかなか落ち着かず、長い下降線を作れます。パッヘルベルのカノンが延々と続いていくように聴こえるのも、この仕掛けが働いているからです。
書くときのこつは、バスを規則的に動かして上声を1拍遅らせることです。上声を「正しい」位置から少しずつ後ろへずらすだけで、連鎖が自然にできあがります。
タイがあるかどうかで分類が変わる
ここで注意が必要です。掛留音と先取音は音の並びだけでは区別できません。
どちらも「同じ音が2つ続き、和音が途中で変わる」形をとりうるからです。分かれ目は、その音がどちらの和音の構成音だったかです。
- 前の和音の構成音 → 引きずっている → 掛留音
- 次の和音の構成音 → 先走っている → 先取音
楽譜では、掛留音は前の音とタイで結ばれます。タイは「打ち直さずに保持している」という指示なので、準備があったことがそのまま見た目に出ます。この節のツールで「タイ」を押すと判定が掛留音に変わるのは、この区別を再現しているためです。
確認
ある音が2つの和音にまたがって鳴っています。その音が前の和音の構成音で、次の和音では構成音でない場合、何と呼ばれますか。
掛留音と先取音は、和音と旋律のあいだに時間のずれを作る手段です。次の節では、順次進行でも保持でもない、跳躍が絡む非和声音を扱います。跳躍が入ると緊張の出方が急になり、旋律の表情が一段濃くなります。
練習問題
答えは理論エンジンで検算しています。まず自分で解いてから採点してください。
- 1
掛留音の3つの段階を、正しい順に並べたものはどれですか。
- 2
ハ長調で IV(F A C)から I(C E G)へ進むとき、旋律の F4 が I の上まで保持され、そのあと E4 へ下がりました。この F4 は何ですか。
- 3
ハ長調で V(G B D)から I へ進むとき、旋律が D5 → C5 と動き、C5 のまま I に入りました。V の上で鳴った C5 は何ですか。
- 4
掛留音の解決について、古典和声で原則とされているのはどれですか。
- 5
9-8 の掛留とは、どのような形ですか。
到達確認
次に進む前に、上の項目を自分の言葉で説明できるか確かめてください。