neirocca sound-first music theory

4声体書法 · 節 4

数字付き低音の実施

約 17 分

この節のねらい

バス声部と数字だけが与えられ、そこから4声体を組み立てる訓練です。バロックの通奏低音奏者が即興でやっていたことを、順を追って再現します。

  • 数字付き低音が省略記法であり、数字がバスからの音程を示すことを説明できる
  • 数字から和音の根音と転回形を特定できる
  • 与えられたバスに上3声を置く手順を順序どおり実行できる
  • カデンツの6-4を数字の側から説明できる
この節の内容
  1. 数字はバスからの音程
  2. 数字から和音を特定する手順
  3. 実施の手順
  4. 数字が変化を指示することもある
  5. カデンツの6-4を数字から見る
  6. 実施は「制約が多いほど易しい」

バロック期(およそ1600年から1750年)の楽譜には、奇妙な書き方が残っています。

バス声部だけが書かれていて、その下に数字が並んでいる。上の3声は書かれていません。チェンバロやオルガンの奏者は、この数字を見てその場で和音を組み立てて弾いていました。これを通奏低音(basso continuo)といい、その記譜法が数字付き低音です。

現代のコードネームと発想が近いのですが、決定的な違いが1つあります。コードネームは和音を指定し、数字付き低音はバスからの音程を指定するという点です。

この節では、与えられたバスと数字から4声体を組み立てます。ユニット3で記号の意味を学び、ここまでで声部の動かし方を学んだので、両方を使うことになります。

数字はバスからの音程

復習です。数字はバス音から数えた音程を示します。和音の種類を示しているのではありません。

数字意味バスに来る音
(なし)基本形。5⁄3 の省略根音
6第1転回形第3音
6⁄4第2転回形第5音
7七の和音の基本形根音
6⁄5七の和音の第1転回形第3音
4⁄3七の和音の第2転回形第5音
4⁄2七の和音の第3転回形第7音

数字がまったく無いバス音は基本形です。「何も書かれていない=普通」という約束で、数字付き低音は普通でないことだけを記録します

数字から和音を特定する手順

バス音と数字が与えられたら、まず和音の根音を割り出します。

  • 数字なし → バスがそのまま根音
  • 6 → バスは第3音。根音はバスの6度上
  • 6⁄4 → バスは第5音。根音はバスの4度上

たとえばハ長調でバスが F、数字が 6 だとします。バスは第3音なので、根音は F の6度上の D。ハ長調の D 上の和音は Dm なので、これは ii6 です。

確認

ハ長調でバスが B、数字が 6 のとき、この和音は何ですか?

実施の手順

和音が分かったら、上3声を置きます。前の節の手順がそのまま使えます。

  1. バスは与えられているので動かせない
  2. ソプラノを旋律として作る(跳躍を抑え、音域内に収める)
  3. 内声を埋める。共通音は留め、共通音がなければバスと反行

バスが最初から決まっているぶん、自分で書くときより選択の幅が狭いのが特徴です。だからこそ訓練になります。

やってみます。ハ長調で次のバスと数字が与えられたとします。

6
図1: 与えられた課題。バス C–F–G–C と、2番目にだけ 6 の数字が付いている

数字を読むと、

  • C3(数字なし)→ C の基本形 = I
  • F2(6)→ バスが第3音なので根音は D = ii6
  • G2(数字なし)→ G の基本形 = V
  • C3(数字なし)→ I

つまり I – ii6 – V – I です。ここまで来れば、あとは4声に配るだけです。

6 Iii6VI
図2: 実施した4声体。ソプラノは E–D–D–E と最小限しか動かず、禁則も出ていない

ソプラノに注目してください。E – D – D – E と、ほとんど動いていません。実施では派手な旋律を作る必要はなく、禁則を出さずにバスを支えることが目的です。

実施した課題を聴く

確認: バスの C–F–G–C という動きの上に、上3声がほとんど動かずに乗っています。2番目の和音でバスが F に下りたときだけ響きが変わります。これが ii6 で、バスが第3音になっている転回形です。基本形の ii(バスが D)と聴き比べると、転回形のほうが滑らかにつながることが分かります。

I – ii6 – V – I

数字が変化を指示することもある

数字には音程だけでなく、臨時記号も書けます。

  • 数字の横に があれば、その音程の音を変化させる
  • 数字なしで だけがあれば、バスの3度上を半音上げる

短調では最後の書き方が頻繁に出てきます。短調の V は導音を含むために第7音を上げる必要があり、その指示がこの単独の ♯ です。

つまり短調の属和音には、たいてい ♯ が付いています。これを見落とすと導音のない Gm のような和音を書いてしまい、ドミナントとして機能しなくなります。

カデンツの6-4を数字から見る

ユニット4で扱ったカデンツの6-4を、数字の側から見直します。

6⁄45⁄3 I64VI
図3: 同じバス音 G の上で、数字が 6⁄4 から 5⁄3 へ変わる

バスは2和音のあいだ G に留まったままで、数字だけが 6⁄4 から 5⁄3 へ変わります。

この書き方が示しているのは、6⁄4 が独立した和音ではないということです。バスが動かない以上、和音が根本から入れ替わったのではなく、同じ属音の上で上の声部が飾りから本体へ移っただけです。

ローマ数字で I64 と書くと主和音のように見えますが、数字付き低音で書くと「G の上の飾り」であることが記法そのものから分かります。同じ現象でも、記法が違えば見えるものが違うという例です。

確認

数字付き低音の記法が、ローマ数字よりはっきり示せるのはどれですか?

実施は「制約が多いほど易しい」

数字付き低音の実施は、最初は窮屈に感じます。バスが決まっていて、和音も決まっていて、規則もある。自由がほとんどありません。

しかし制約が多いほど、正解に近づく道は狭くなります。共通音を留め、残りをバスと反行させ、導音と第7音の行き先を守る。この4つを順に適用すれば、選択肢は自然に1つか2つに絞られます。

自由に書くより易しい、というのが実施の性質です。だから和声の訓練は、まずここから始まります。

4声体チェッカーで実施を練習する 音度と転回を選ぶとバスが決まります。そこへ上3声を自分で置き、指摘がゼロになる配置を探してください。これが実施の練習そのものです 4声体チェッカー → 転回形トレーナーで数字を復習する 実施のいちばんの関門は、数字を見た瞬間に転回形が浮かぶかどうかです。「数字を答える」モードで反射的に出るまで回してください 転回形・数字付き低音トレーナー →

これでユニット5は終わりです。ここまでで、和音を4つの声部に正しく配り、禁則を出さずにつなぎ、与えられたバスから組み立てられるようになりました。

次のユニットでは、和音の構成音ではない音を扱います。ここまでは4声すべてが和音の音でしたが、実際の音楽では和音に属さない音が旋律を彩ります。それを分類するのが非和声音です。

練習問題

答えは理論エンジンで検算しています。まず自分で解いてから採点してください。

  1. 1

    三和音のうち、バスから根音までがちょうど6度になっている形に付く数字はどれですか。

  2. 2

    七の和音の第3転回形を表す数字付き低音の記号はどれですか。

  3. 3

    ハ長調で G の和音に 6 という数字が付いています。バスに来る音は何ですか。

  4. 4

    バス音に数字がまったく書かれていない場合、それは何を意味しますか。

  5. 5

    カデンツの6-4で、6⁄4 と 5⁄3 が同じバス音の上に続けて書かれています。このときバスはどうなっていますか。

0 / 5

到達確認

次に進む前に、上の項目を自分の言葉で説明できるか確かめてください。

経過音と刺繍音

出典・参考

  • Figured bass — Wikipedia — バロック期(およそ1600年から1750年)の通奏低音と、奏者が数字から和音を即興で実施した慣習について