数字付き低音の実施
約 17 分
この節のねらい
バス声部と数字だけが与えられ、そこから4声体を組み立てる訓練です。バロックの通奏低音奏者が即興でやっていたことを、順を追って再現します。
- 数字付き低音が省略記法であり、数字がバスからの音程を示すことを説明できる
- 数字から和音の根音と転回形を特定できる
- 与えられたバスに上3声を置く手順を順序どおり実行できる
- カデンツの6-4を数字の側から説明できる
バロック期(およそ1600年から1750年)の楽譜には、奇妙な書き方が残っています。
バス声部だけが書かれていて、その下に数字が並んでいる。上の3声は書かれていません。チェンバロやオルガンの奏者は、この数字を見てその場で和音を組み立てて弾いていました。これを通奏低音(basso continuo)といい、その記譜法が数字付き低音です。
現代のコードネームと発想が近いのですが、決定的な違いが1つあります。コードネームは和音を指定し、数字付き低音はバスからの音程を指定するという点です。
この節では、与えられたバスと数字から4声体を組み立てます。ユニット3で記号の意味を学び、ここまでで声部の動かし方を学んだので、両方を使うことになります。
数字はバスからの音程
復習です。数字はバス音から数えた音程を示します。和音の種類を示しているのではありません。
| 数字 | 意味 | バスに来る音 |
|---|---|---|
| (なし) | 基本形。5⁄3 の省略 | 根音 |
| 6 | 第1転回形 | 第3音 |
| 6⁄4 | 第2転回形 | 第5音 |
| 7 | 七の和音の基本形 | 根音 |
| 6⁄5 | 七の和音の第1転回形 | 第3音 |
| 4⁄3 | 七の和音の第2転回形 | 第5音 |
| 4⁄2 | 七の和音の第3転回形 | 第7音 |
数字がまったく無いバス音は基本形です。「何も書かれていない=普通」という約束で、数字付き低音は普通でないことだけを記録します。
数字から和音を特定する手順
バス音と数字が与えられたら、まず和音の根音を割り出します。
- 数字なし → バスがそのまま根音
- 6 → バスは第3音。根音はバスの6度上
- 6⁄4 → バスは第5音。根音はバスの4度上
たとえばハ長調でバスが F、数字が 6 だとします。バスは第3音なので、根音は F の6度上の D。ハ長調の D 上の和音は Dm なので、これは ii6 です。
確認
ハ長調でバスが B、数字が 6 のとき、この和音は何ですか?
実施の手順
和音が分かったら、上3声を置きます。前の節の手順がそのまま使えます。
- バスは与えられているので動かせない
- ソプラノを旋律として作る(跳躍を抑え、音域内に収める)
- 内声を埋める。共通音は留め、共通音がなければバスと反行
バスが最初から決まっているぶん、自分で書くときより選択の幅が狭いのが特徴です。だからこそ訓練になります。
やってみます。ハ長調で次のバスと数字が与えられたとします。
数字を読むと、
- C3(数字なし)→ C の基本形 = I
- F2(6)→ バスが第3音なので根音は D = ii6
- G2(数字なし)→ G の基本形 = V
- C3(数字なし)→ I
つまり I – ii6 – V – I です。ここまで来れば、あとは4声に配るだけです。
ソプラノに注目してください。E – D – D – E と、ほとんど動いていません。実施では派手な旋律を作る必要はなく、禁則を出さずにバスを支えることが目的です。
実施した課題を聴く
確認: バスの C–F–G–C という動きの上に、上3声がほとんど動かずに乗っています。2番目の和音でバスが F に下りたときだけ響きが変わります。これが ii6 で、バスが第3音になっている転回形です。基本形の ii(バスが D)と聴き比べると、転回形のほうが滑らかにつながることが分かります。
I – ii6 – V – I
数字が変化を指示することもある
数字には音程だけでなく、臨時記号も書けます。
- 数字の横に ♯ や ♭ があれば、その音程の音を変化させる
- 数字なしで ♯ だけがあれば、バスの3度上を半音上げる
短調では最後の書き方が頻繁に出てきます。短調の V は導音を含むために第7音を上げる必要があり、その指示がこの単独の ♯ です。
つまり短調の属和音には、たいてい ♯ が付いています。これを見落とすと導音のない Gm のような和音を書いてしまい、ドミナントとして機能しなくなります。
カデンツの6-4を数字から見る
ユニット4で扱ったカデンツの6-4を、数字の側から見直します。
バスは2和音のあいだ G に留まったままで、数字だけが 6⁄4 から 5⁄3 へ変わります。
この書き方が示しているのは、6⁄4 が独立した和音ではないということです。バスが動かない以上、和音が根本から入れ替わったのではなく、同じ属音の上で上の声部が飾りから本体へ移っただけです。
ローマ数字で I64 と書くと主和音のように見えますが、数字付き低音で書くと「G の上の飾り」であることが記法そのものから分かります。同じ現象でも、記法が違えば見えるものが違うという例です。
確認
数字付き低音の記法が、ローマ数字よりはっきり示せるのはどれですか?
実施は「制約が多いほど易しい」
数字付き低音の実施は、最初は窮屈に感じます。バスが決まっていて、和音も決まっていて、規則もある。自由がほとんどありません。
しかし制約が多いほど、正解に近づく道は狭くなります。共通音を留め、残りをバスと反行させ、導音と第7音の行き先を守る。この4つを順に適用すれば、選択肢は自然に1つか2つに絞られます。
自由に書くより易しい、というのが実施の性質です。だから和声の訓練は、まずここから始まります。
4声体チェッカーで実施を練習する 音度と転回を選ぶとバスが決まります。そこへ上3声を自分で置き、指摘がゼロになる配置を探してください。これが実施の練習そのものです 4声体チェッカー → 転回形トレーナーで数字を復習する 実施のいちばんの関門は、数字を見た瞬間に転回形が浮かぶかどうかです。「数字を答える」モードで反射的に出るまで回してください 転回形・数字付き低音トレーナー →これでユニット5は終わりです。ここまでで、和音を4つの声部に正しく配り、禁則を出さずにつなぎ、与えられたバスから組み立てられるようになりました。
次のユニットでは、和音の構成音ではない音を扱います。ここまでは4声すべてが和音の音でしたが、実際の音楽では和音に属さない音が旋律を彩ります。それを分類するのが非和声音です。
練習問題
答えは理論エンジンで検算しています。まず自分で解いてから採点してください。
- 1
三和音のうち、バスから根音までがちょうど6度になっている形に付く数字はどれですか。
- 2
七の和音の第3転回形を表す数字付き低音の記号はどれですか。
- 3
ハ長調で G の和音に 6 という数字が付いています。バスに来る音は何ですか。
- 4
バス音に数字がまったく書かれていない場合、それは何を意味しますか。
- 5
カデンツの6-4で、6⁄4 と 5⁄3 が同じバス音の上に続けて書かれています。このときバスはどうなっていますか。
到達確認
次に進む前に、上の項目を自分の言葉で説明できるか確かめてください。
出典・参考
- Figured bass — Wikipedia — バロック期(およそ1600年から1750年)の通奏低音と、奏者が数字から和音を即興で実施した慣習について